どうも龍之介です。
VOL.2 現代の教育方針への違和感編です。
学校の進路指導に対する違和感
双子の娘が、高校に進学しました。中学校の時から学校の教育方針、具体的に言いますと進路指導について違和感がありました。
そして、その違和感は進路指導を行う指導者のみならず、それらなんの疑問を抱くことなく、その指導方針に沿う形で、なんとかそれに叶うべく、一生懸命に努力する本人とその親、、、。
学校、教師、塾、
そして親。。。。。
みんな目を覚ませ!!!!
日本の教育方針は戦後から
変化していない
基本的に日本の教育方針は、目まぐるしく変化する日本の現代社会において、未だに昔から基本的には変わっておらず、間違った価値観による方向性を、子供たちに押し付けています。
というのが、みなさんも次のフレーズを聞かれたことがありますよね?
また、それに対し、特に疑問を抱かず賛同し、それに油を注ぐが如く子供たちに仰られてはいないでしょうか。
「とにかくレベルの高い高校(中学校)に
進学しなさい!
そうすればレベルの高い大学にいける!!」
そしてまた、
「レベルの高い大学に入れば、
将来立派な仕事に就くことができる!!」
私が大嫌いなフレーズです。
さらに、ひどい教育者は2つ目の後半部分「立派な仕事に就くことができる」というフレーズすらなく、ことあるたびに「とにかくレベルの高い大学を目指しなさい!」と指導します。
これはあたかも「人生のゴールは、少しでもレベルの高い大学に入ること!」ともとれるような指導をしていないでしょうか。
そんな馬鹿な指導を、さも大正解の如く何度も何度も子供たちに植え付けてはないでしょうか。指導者だけではなく親も、、、。
たしかにそれは、あくまでも一つの目標マイルストーンとして、子供たちにイメージさせることにより「やる気」を出させ、結果的に誰もが羨むような仕事に就くことができる。
もしくは、それらを実行し実現したことによって、それらの「立派な仕事」における選択肢が増える。その選択肢を増やすことが、子供たちにとって重要だということも理解できなくもないです。
しかしっ!!
幼いころから、それらを身体の芯まで、擦り込まれた子供たちの多くは、「自分のやりたいこと」や「自分のなりたいもの」を見失っているのが現状です。
漠然と大人たちが、大人たちの価値観による「立派な仕事」に就くことを押し付けてはないでしょうか??
そもそも「立派な仕事」や
「良い職業」って??
周囲の人間が頻繁に口にする、いわゆる「立派な仕事」や「良い職業」とは、すなわち誰もが羨むような職業や職種を指すのだと思いますが、それらは子供たちそれぞれの価値観に大きく左右されるもので、その方針は戦後の日本、長く見てもバブル崩壊前までなら、なんとか通用していたのかもしれません。
勝手な言い方をしますと、高度成長期の日本では、
「立派な仕事」=「大企業」=
「高給」=「安定(生涯)」
これを実現すれば、一部の人間を除き、大半の一般人は満足できたし、あまり疑問視もしなかった。またそこに「自分のやりたいこと、やりたくないこと」という発想は、そもそも存在せず「仕事」とは「辛くて当然!」、それを地道に”我慢”してやり遂げ、そして誰よりも寝る間を惜しみ、長時間の仕事をすることが美徳とされてきました。
それを地道に実践していると、例外なく評価され、給与にも反映されることで、やりがいを感じたのではないでしょうか。
現代社会はどうでしょうか?
上記はあてはまりますか?
社会は急速に変化してます!
みなさん、そんなことはご存じですし、ご友人などとの話の中で出ますよね?
- 「まだガラケー使ってるの??」
- 「最近はすべてスマホで出前取ってるよ~」「UberEatsって知ってるよね??」
- 「ランチの代金アプリでクーポン使えば安くなるよ~!」
- 「アプリでクーポン使えば安くなるよ~!」
- 「最近は小学生でもスマホを持ってるよね」、、、、etc
のように時代は急速に変化しています。
バブルはとっくの昔に崩壊し、リーマンショックが起き、ネット社会が急速に我々の生活様式を変え、都市部ではアイスクリーム1個を夜中でもAmazonにスマホで注文すれば届いてしまう時代です。
当初Amazonは書籍をメインでネット販売する会社でした。
そのAmazonひとつ考えても、すさまじい発展を遂げ、今では利用していない人はいるのか?と思えるほどです。
また最近ではコロナの発生により、我々にとっては悪い方の変化も急加速しています。なじみの居酒屋や家族で記念日に通っていたレストランなどは窮地に立たされ、テレビの中で活躍していた芸能人たちは、こぞってYouTubeなどの動画配信業へ、如何に効率良く、スムーズに移行できるかを狙っている状況。
それに乗り遅れる者や残念ながらテレビでは人気を維持できなかった者、逆に先見の明により、すでに移行が完了し動画配信業で、一定の地位を確立している者の存在など、いったい誰が想像できたでしょう。
こんなにも大きな変化が起きているにも関わらず、しかもそれは周知しているにも関わらず、都市部の先進的な教育者は、当てはまらないのかもしれませんが、大半の教育者や指導者は、相変わらず昔ながらの教育論で子供たちを誘導していませんか?
また、親も相変わらずそれらの教育論に一切疑問を感じず、家庭内において、その間違った教育論に油を注いではいませんか?
まずは我々大人が、いい加減にそのギャップに気づき、それでは我々の子供たちが将来、何においても通用しなくなるということ、またどのようにすればそうならないのかを考え、教育の方法や正しい目標設定をしてあげる必要があるのではないでしょうか。
続きはVOL.3「間違った英語教育、英語を使えない我々日本人」編へ
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